タネノオト #057
主は鯰のとりどころ
清元・喜撰 1831(天保2)
今月は歌舞伎座のかさねに中村座の喜撰・流星と、清元連中は大忙し月間だろうと思っていたのですが、なんと中村座は本年度中止だとか( ; ; )
残念ではありますが、県を跨いでの東から西、北から南までの1ヶ月興業となると致し方のないご判断だったと思います。
いつか舞台を拝見することを願い今回のタネノオトは喜撰からご紹介。
突然ですが古典でよくある人物紹介って、思い返すと“盛って”紹介することが多いような気がします。ヒーローだったり、ダークヒーローだったり。
そりゃ誰も会ったことがないのだから立証のしようがない訳で、理想像を重ねて誇張して作りますよね。
そこで今日の登場人物、恒例の現代語訳を…
主は鯰のとりどころ
自分は鯰のようにぬらりくらりと、捉え所のない所が取り柄で〜す
え、喜撰法師、それでいいの?
六歌仙のひとりを取り上げて、この描写は攻めすぎやしませんか。
浮世から離れると「自分は鯰で〜す」と言える余裕を持てるものなのか。
この歌詞は「出端(では)」の部分。出端についてはこのタネノオトをご参照ください。
桜の枝に瓢箪を下げて(入っているのは酒だろう)登場するため、瓢箪鯰と掛けたのでありましょう。
さて、この鯰。
古くから東アジアを中心に食用された淡水魚で、民俗学的にも歴史のある魚のようですが江戸時代に地震と結び付けられたことで「鯰絵」なるジャンルを確立。
1819年の鯰絵が初見らしく、その後の1855年安政の大地震によって大流行したそう。
そうすると『喜撰』が作曲された1831年も、観客にとって鯰が親しみある存在だったことが想像できます。
平安の歌人、六歌仙を江戸へと舞台を移したこの演目。
よく見ると江戸時代らしさが随所に感じられ、それを見つけるのも観劇の一興。
今、台風10号の報道が盛んにされているように、気を付けるシーズンですね。
同じように地震にも備えるため防災グッズを点検しようと思います。
お守りとして鯰絵もダウンロードしておこうかな。
走って逃げる鯰かわゆい♡